今日のワイズ

2017年7月24日 (月)

超簡単に賢くなる方法

10年前、ワイズを立ち上げる時、苫米地英人氏の著書を読んだ。

「子どもが天才になる方法」が書いてある書だ。

端的に言うと「本を読め」だ。

小学1年生から、最低でも1週間に10冊。年間で500冊くらい読め、と書いてあった。

そして先日、同氏の続編を読んだ。

「社会人が勝ち組として生きる方法」が書いてあった。

結論は「新聞を読め」だ。

最低でも10紙。朝日、日経、産経など国内だけではなく、ニューヨークタイムズ、ウォールストリートジャーナル、偏りを避けるため、イスラム系のアルジャジーラ、イスラエルのエルサレムポスト、フランスのルモンド、韓国のコリアヘラルドなど、とにかく世界各国の新聞を一字一句すべて読んで、20年間続ければ、最低限度の知識が身について普通の社会人になれる、と書いてあった。

相変わらず極端だが、私の家族(父・母・弟・叔父など)は言われなくても、昔から本や複数の新聞(海外紙は取ってないが)をずーっと読んできているので、勝ち組かどうかはあまり興味ないが、頭はいい。

だから実体験で思うのだが、本や新聞を普通に読んでいれば、学校の勉強なんて何も難しくないと思うが、今の子たちはほとんど読んでいないようなのだ。

というわけで、何度も言いますが、賢くなりたければ「読書と新聞」。

ただそれだけです。

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人間に育てるということ

暑い日が続いていますが、ロミオ先生はいたって元気です。

さて、以前、「キリスト教の7罪源」を挙げましたが、今回は「仏教の五戒」を挙げてみましょう。

「不殺生」「不盗」「不邪淫」「不虚言」「不飲酒」です。

現代語に訳すと「殺人罪」「窃盗罪」「強姦罪」「詐欺罪」「未成年飲酒禁止法違反」でしょうか。

まぁ、古今東西、不変の罪という感じがしますね。

ただ、こんな戒律が昔からどこの国にも存在するということは、裏を返せば、戒めないと人はこういうことをするのが自然という見方もできる。

悲しい真理ですね。

で、普段、子どもたちを見ていると、時々野生の獣のようによこしまな言動をする奴がいたりするので、そこが私の一番の出番だったりして、しっかり注意しています。

先日も小学生の女子2名のふざけが過ぎたので、思いっきり叱りました。

家のお父さんには許されても、ロミオ先生は容赦しないので気をつけましょうね。

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2017年7月22日 (土)

親父の生き様

人の記憶とは曖昧なものなので、大切な記録として残しておこう。

今日、時間を取って家族で話をした。

テーマは「おとんの目指す理想の世界」についてだ。

桑原家は少し変わっていて、おかんは料理が下手で、おしゃべりで、酒豪。

おとんは料理や片付けが上手で、寡黙で、下戸。

だから、おとんが毎日料理を作り、おかんがそれを食べながらダメ出しをするという、一般家庭じゃ考えられないような光景が日常なのだ。

よく考えてみると、子どもの頃からおかんには何百万回も怒られたが、おとんには一度も怒られた記憶がない。

ただ、思い返してみると、おとんの無言の行動から学んだことはたくさんあった。

二言で言うと「思いやりと正義」である。

とにかくおとんはびっくりするほどやさしい。

困っている人を見たらすぐに手を差し伸べる。

人が嫌がるような役割を買って出る。

たとえば、新任の教師が新居から遠い学校への赴任が言い渡されそうで困っていると自分が代わりに赴任する。

だからいつもおとんは遠くの学校へ毎日朝早く出勤し、夜遅く帰宅していた。

ちなみにおかんは人事担当と上手に話をして、いつも近くの学校に勤務していた。

もう1つは間違ったことが大嫌いということだ。

たとえば、大企業の経営陣や官僚など、既得権益などにしがみついて、触法まがいのやり方で甘い汁を吸っている私利私欲の人間には断じてノーと言う。

というわけで、息子である私たち兄弟にもそれはしっかりと受け継がれているのだが、そんなおとんも後期高齢者となり、一度、膝を突き合わせておとんが目指している理想の世界を聞いておきたいと思ったのだ。

で、まずは経済について。

「それは単純だよ。みんながまっとうに働いて、普通に暮らせる世界だ。狩猟採集時代と同じだ。みんなで狩りをしてみんなで分け合う。それが理想だよ。ただそれは共産主義社会じゃない。資本主義経済の先にそういう世界が実現するんだ。何年後かわからないけど。」

続いて国家の安全について。

「戦争は絶対ダメ。何百万人も死ぬ。敵が来たら降参すればいい。何百万人の人が死ぬよりも悪いことにはならないよ。だから軍隊もいらないし、核もいらない。自衛隊派遣もしなくていい。原発も危ないからいらないし、米軍基地もいらない。」

宗教について。

「宗教みたいな曖昧なものよりも科学的根拠が大事。」

なるほど、おとんの考えはそうだったのか。

あらためて聞いたが、概ね同じだ。

あなたの理想はしっかりと息子の俺たちに受け継がれていますよ。

おとんを一言で表すと「弱者のために戦う人」だ。

給食費が払えない生徒には、ベルマークを集めて文具を贈ったり、

学校が荒れてた時代には自分の車が一番不良生徒から狙われやすい所に駐車したり。

私ももっとおとんを見習って、弱きものに手を差し伸べ、凶悪なものに立ち向かっていきたい。

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2017年7月 1日 (土)

好きな小池は晃です。

中学校のテストが終わったので、ようやく夏期講習の予定を作成しました。

今年はさらに日数を増やして(もちろん料金はそのままで)、世の中科も「読書に強くなろう!」をテーマにたっぷりやる予定です。また、今年の受験生(中3)はとてもやる気があるので、その子たちの要望も叶えるべく、時間割を組んだのでお楽しみに。

話は変わって、今日は「罪」についてです。

世の中には理不尽なことが山ほどある。

無視すれば心穏やかに過ごせるが、曲がったことが大嫌いな私は少しでも世の中が良くなるならと、つい首を突っ込んでは正したくなってしまう。

維摩経は、「ゴミを拾うのは徳であるが、ゴミを捨てる人を注意するのは不徳だ」と説いたが、私は、「神でも仏でもないので注意してもええじゃろう」、と開き直って普段子供たちが悪さをするとすかさず注意している。

今一番腹立たしいのはシリアの内戦だが、そんなに首が長くないので、まずは都議会選か。

共謀罪もそうだが、憲法改正を掲げる晋三が腹立たしい。

あれだけの犠牲の上に作られた憲法を改正するということは、その人たちの魂をないがしろにするだけでなく、未来の日本国民をも再び戦争の惨禍に陥れることも辞さないわけだ。

そんなに戦争したいのなら、一人で武器持ってシリアにでも行けばいい。

さて、世の中にはいろんな犯罪がある。

恐喝から殺人までいろいろあり、それに合わせて刑の重さが決められている。

それは裏を返せば、だいたいの人がそれをやられたら困る気持ちとほぼ比例している。

もちろん、国や時代によっても多少異なるが、だいたい「殺人」「暴行」「窃盗」「詐欺」「器物損壊」みたいなところか。

これを太古の神と呼ばれる人たちはどう定義したのか興味が湧いたので読んでみた。

キリスト教の有名な7つの罪源では

「暴食」「色欲」「強欲」「憤怒」「怠惰」「傲慢」「嫉妬」

と説いている。

恐らくこれらは、直接的な罪ではなく、その罪に至る道筋を示しているのだろう。

つまり、これらの感情や行動をしていると犯罪につながるだろうと。

確かにこれ自体は罪を問われるものではないが、人としていい行いではない。

しかし、現在の日本を見渡してみると、この7つの罪をよく見かける。

特に、匿名性の高いネット上での無責任な発言のやりとりや、テレビ、マスコミ、芸能界である。

先日、「地下アイドルと芸能事務所」の本を読んだが、まさにこの7つの罪のオンパレードで、よくこんな世界でまともな神経で生きていられるなと思った。

そう考えると今、日本では犯罪予備軍が多いのだろう。

私はなるべく子供たちがそうならないように、教え導かなければならないが、少々怒りっぽいので、気をつけたい。

でも戦争したがる人間は腹立つな。

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2017年6月29日 (木)

労働>金利

マイケル・サンデルが「正義とは何か?」を説いて5年。

トマ・ピケティが「労働収入>資産収入」を説いて3年。

アル・ハラリが「サピエンス」を説いて1年が経ちました。

結論を言えば「未来の人類は貧乏な労働者と働かない富裕層に分かれる」ということです。

古来より人間は労働(狩猟)をして生きてきました。

働かないことは死ぬことと同じでした。

オランダのある学者が言いました。

「資産家がコンピューターのディスプレイの前でボタンを押すだけで億のお金は入ることは、自宅で高齢の親を介護している人の労働より生産性が高いのか?」と。

私も同感である。

家事もそうだ。

だいぶ機械化されて楽にはなったが、やはり掃除、洗濯、炊事は人間の生業の基本である。

労働とは「社会の役に立つ」という側面もある。

コンピューターの前でボタンを押すことは社会の役に立っているとは思えないから、やはり介護労働を行っている人の方が賃金をもらうべきである。

こう考えると「労働とは何か?」というより「公正な労働対価とは?」という問いになってくる。

だから私の理想としては

「金利、株式、証券などはいっさい禁止。

やるなら、その利益は社会に分配せよ」である。

農家は畑を耕し、猟師は魚を取り、工場労働者は車を作り、塾講師は勉強を教える。

そして、その日食べる分と寝る所が確保できるだけのお金があればいいのだ。

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AIさん、うちの子の学力を伸ばして下さい

名古屋のつばめタクシーが「AI」を導入し、業績を伸ばしています。

AIがお客のいそうな場所をタクシードライバーに教えるというものです。

AIの指示通りに動いた入社半年の新人ドライバーと、長年の勘で走る熟練ドライバーを比較したら、AIの方が売り上げが勝りました。

これを拡大して考えると、どの分野においても、熟練した技よりもAIが勝つことになります。

そんな話をすると面倒くさがる子どもが

「じゃあ、AIが教えてくれるから勉強しなくてもいいじゃん」と言い始めます。

そうなんです。

なんでもAIに任せると人間は努力しなくなります。

漁師は魚群を探さなくなり、証券マンは株価の動向を見なくなり、大工は木の節目を読まなくなります。

そうやって、何千年も受け継がれてきた、匠の技や伝統技術が失われていくのでしょう。

それをいいと思うか悪いと思うかです。

これを塾に当てはめてみましょう。

恐らく、多くの塾が自社の生徒獲得のためにAIを使うのでしょうが、私は違います。

いかに子どもの学力を伸ばすか、を考えます。

少しシミュレーションしてみましょう。

例えば、学年でドべを争っている中2のK君。

彼の基本データをAIにインプットし、一番最適な学習方法と問題プリントを検索させると、

「絵本の読み聞かせと、あいうえおのなぞり練習」と出てきます。

そんなんで、高校受験に間に合うのでしょうか?

親はもう一度AIに問います。

「この学習でいつ高校に合格できる実力が身に着くか?」と。

AIは答えます。

「350年後」

親「じゃあ、この最適な学習を続けて、1年半後の受験で高校に合格できる確率は?」

AI「0%」

というわけで、AIは最適な勉強方法は教えてくれますが、生徒の学力向上や志望校合格を約束してくれるものではありません。

また、AIを導入したタクシー会社も喜んではいられません。

いずれ、AIが搭載された無人のタクシーが自動でお客を運ぶ日が来るのですから。

そう考えると教育の分野は最後までAIが入ることのできない領域かもしれません。(生徒獲得を目的として使う塾は別として)。

だから、私はこれからも熟練の技術で、生徒たちに寄り添い、一生懸命教え続けるでしょう。

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singularity

さて、いよいよ「AI」に切り込みます。

ご存知だと思いますが、プロ棋士の現名人(棋士で一番強い人)がAI搭載のコンピューターポナンザに負けました。

恐らく将棋にあまりなじみのない人は「あ、そう」くらいの感想だと思いますが、これは人類史上の大きなシンギュラーポイント(特異点)なんです。

「本能寺の変」よりも「フランス革命」よりも大きな事件なんです。

この日を境に人間はその頭脳において、もう2度とコンピューターには勝てないのです。

名人の敗色が濃厚となり、もう投了(負けの宣告)するしかない数分間の名人の苦悩の表情や仕草は、将棋界だけでなく、人間の知をすべて背負いながら人類の代表として人類の敗北を認めるという苦渋の瞬間でもありました。

しかし、この名人や将棋界の重鎮羽生3冠も含め、私もこれを悲観しているわけではありません。

問題は、「この人間をしのぐAIをどのように扱っていくのか」という点です。

これは何もAIが人類に取って代わって世界を征服する、などというSFみたいな話ではないのです。

例えるなら、車の発明と同じです。

この便利な物をどう社会に役立てていくか、ということです。

野放しでは交通事故が起こるので危険です。

そこで「道路交通法」を作り、免許の取得という制度にし、国の予算で道路を整備するといったことがなされました。

AIも今後、そういう方向に進んでゆくことでしょう。

気をつけるべき点は「AIをどこまで許容するのか」です。

車がこれだけ社会に浸透し、人類はどうなったか?

まぁ、交通事故は当然減らすべき最大課題ですが、慢性的に人類は足腰が弱くなりました。

これをAIに当てはまると、恐らく人類は慢性的に考えなくなり、「頭が弱くなる」でしょう。

よって、私の考えは「車もAIも最低限にとどめ、極力自分の足で歩き、自分の脳で考えること」です。

つまり、目指すのは「車もAIも使いこなせる原始人」です。

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どこから右でどこから左?

中学のテストが終わると1位からドべまで順位が出る。

当然、上位の子たちは頭が良いと言われ、下位の子たちは頭が悪いと言われる。

しかし、そんな頭の良い子たちを各中学から集めて旭丘高校でテストをやると、当然その中で1位からドベまで順位がつく。

また、旭丘のような全国の県下トップ高の上位の子たちが集まって東大の試験を受けても、やはり1位からドべまで順位がつく。

政治団体も同じだ。

右翼と左翼を大きく2分しても、その中でさらにより右翼的な人と左翼的な人がいる。

蟻の世界も同じだ。

蟻の巣には必ず90%の働き蟻と10%の怠け蟻がいる。

その10%の怠け蟻を排除すると、また残った90%の働き蟻の中から10%の蟻が働かなくなる。

これは危機的状況に陥ったとき、全滅を免れ、子孫を残すために取っている防衛手段だ。

磁石もそうだ。

N極とS極と2つに分けても、大きさが半分の磁石が2つ出来上がる。

さて、これを聞くと子供たちはどう考えるか?

「どこまで行っても順位がつくなら努力しないで今の順位のままでいいじゃん」

あるいは

「俺、怠け蟻になる!」か。

どこまで行っても順位がつくからと言って、努力を怠ってもいい理由にはならない。

考えてみよう。

世の中の人が全員怠けたら、この世界は完全にストップしてしまい、1日で大混乱に陥るだろう。

だから「天才は天才なりに、馬鹿は馬鹿なりに、人は死ぬまで努力をし続ける。」

これが人の世の原則である。

「努力したくない」という奴は宇宙空間に放り出してやって下さい。

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2017年6月17日 (土)

メタルば聴かんかい!

私は音楽が好きである。

以前にも書いたけど、バンドを組んで作曲をし、時々ライブをしています。

確かに作る曲はメタルやハードロックに凝り固まっているが、それにしても最近のヒットチャートを見ているとほとんどアイドルばかりで占められている現状を鑑みるとなんだかなぁと思ってしまいます。

それは曲そのものの良さや歌い手の歌唱力というより、見た目のかわいさ(かっこよさ)が先行してしまっているようだ。

ということで今日のテーマは「DNA」です。

先日、テレビを見ていて私が「こいつブサイクだなぁ」と言ったら、奥さんに「山口百恵の息子だよ」と言われてびっくりしました。

美男美女からこんなブサイクが生まれるなんて、DNAは面白いなぁ~と思いました。

そこから話は派生して、もうヒトゲノムは解析されたんだから、自分と結婚相手からどんな顔の子供が生まれるのかわかるんじゃね?と思ったのです。

で、そうなると恐らく、よりかわいい子を望むがゆえにどんどん結婚相手を探して、ついには婚期を逃す、みたいなことになりそうです。

じゃあどこかで手を打つとなると、それはそれで妥協したみたいな気分に苛まれるし。

だから一番いいのは、そんなこと気にせず、巡り合った人と結婚してどんな子が生まれてくるかわくわくしながら待つ、でしょうね。

ブ男ブ女からイケメンが生まれるかもしれませんし。

整形でもして、全員が美男美女になったら、それが平均値になるので、そんな世界はつまらなそうだし。

世の中色んな種類の顔があるから美男美女が引き立つわけだし。

というわけで、ヒットチャートも様々なジャンルの人や曲が出てくることを願います。

ベスト10がABKと嵐だけってなんだよ!

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2017年5月27日 (土)

だから俺は幸せマンなのか!

今日、元オリンピアンで、競泳の解説でもおなじみの林享君からサインをもらいました。

彼とは10年前に国体の愛知県予選で戦い敗れた思い出がありますね。

さて、今日もまた「サピエンス全史」からとってもためになるお話をしましょう。

ずばり「幸せになる方法」です。

サピエンスが誕生して600万年間、生物学、政治学、経済学、社会学などあらゆる角度から切り込み、全500ページに及ぶ人類史を編纂した著者が最後にまとめた金言です。

人間の幸福を決定する最大の要因は「家族・コミュニティ」だ。

富(お金)はある限度を超えると幸せとの相関関係がなくなる。

健康も悪化の一途を辿ったり、苦痛を伴わなければ幸せとの相関関係はない。

例えば、貧乏で病気で寝ていても愛情深い家族に囲まれている人の方が、孤独な億万長者よりも幸せということだ。

つまり人類は産業改革や科学の発展で、健康になり、資本主義経済で(一部の人は)富を手に入れたが、これらは同時に家族や地域コミュニティを破壊したので、人類は幸せになってはいないことになる。

でも、幸せになるための大前提は「心の持ちよう」で、例えば自分の期待値が1で自分の状況が2なら幸せを感じることができ、期待値が10で現状が2の人は絶望的な気分になるのだ。

これを別の観点から考えると、苦痛やストレスに打ち勝つ強い精神力があれば、状況点を高くできるが、現代人は堪え性がなくなり、苦痛や不快なストレスなどに打たれ弱くなったので状況点が低くなり、幸せ率も低くなってしまう。

別の見方をすれば、幸と不幸は表裏一体で、不幸があるから幸せを感じることができ、幸せを知っているから、不幸を感じられるのだ。

また、生まれつき陽気(プラス思考)な人は幸せになりやすく、陰気(マイナス思考)な人は不幸になりやすい。

例えば子育てを苦役と考えると不幸だし、尊い体験と考えると幸せになるわけだ。

もう1つ、人生に意義がある人は幸せ率が上がり、人生が無意味と思っている人は不幸になりやすい。

例えば、極楽浄土もその一つで、来世の幸せを信じているから苦しい現世を生き抜くことができる。

ちなみに仏教は幸せについて一番考えている宗教で、「我欲をすべて捨てさる」ことが悟りであり、一番心が安らかである。(私は無宗教で無神論者なので誤解のないように)

さて、ではまとめましょう。

人間が幸せになるには

①なんでもポジティブに考え

②強い精神力を持ち

③家族や地域のコミュニティを大事にし

④人生に意義を持ち

⑤健康で

⑥ある程度のお金があって

究極的には我欲を捨てるといいのである。

さぁ、これを実践して君も今日から幸せになろう!

逆説的証明だが、私はとっても幸せで、考えてみたら①~⑥が全部当てはまっていました。

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