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2019年6月

2019年6月25日 (火)

AIより強い、人間の堕落欲求

昨日、友人の家でAIのプログラミングを見せてもらいました。

本当は私自身がAIを動かしたかったのですが、パソコンのスペックが足りず(ちなみにワイズのパソコンは元は95年式で、いろいろ中身を増設して今に至るので動画が静止画になります)、友人にAIプログラミングの本を貸して、代わりにプログラミングをしてもらっていたのです。で、いろいろできることがわかったのですが、はて、何をやろう?と考えてしまいました。

いまやAIは社会の様々なところで活躍しています。

医療現場なら癌の早期発見や、警察なら犯罪の防止、政治の世界では人間の代わりに政策を考えるなど、です。

私は教育者なので、教育に関することで、世の中の役に立とうと考えたのですが、これがなかなかうまくいきません。

例えば「テスト問題の予想」。

ここが出題されるからね、と生徒に伝えても本人がやらなかったり、理解できなければ意味がありません。

例えば「弱点の補強」。

この子はこの単元が理解できてないからこのプリントをやりましょう、と渡してもやはりやらなければ意味がない。

じゃあ、根本に戻って、「勉強のやる気を出させる方法をAIに考えてもらおう」。

この子にはこんな接し方で、こんな言葉かけをすればやる気になる可能性が1%上がるでしょう。

そう、結局は本人の受け取り方次第なので、100%上がる方法はありません。

それを裏付けるかのような発言が子供たちから出ました。

「勉強しないで、頭がよくなる方法ないの~?」

これが彼ら(彼女ら)の究極の要望なのです。

別の例で例えると

「運動しないで痩せられる方法ないの~?」

「整形も化粧もしないで美人になる方法は~?」

「働かないでお金持ちになりたい~」

ということだ。

というわけで、AIで単純作業は効率化できるけど(答案用紙を1秒で採点するなど)、人間のあくなき欲求には答えられるものではない、という結論に至りました。

だって、すでにワイズでテストに何が出るか予想して、その徹底解説もしてるのに、点数が取れない子もいるのだから。

逆説的に言えば、だから教師という職種はAI全盛の時代が来てもなくならないということです。

これからも、同じ質問を100回聞かれても笑顔で教えてあげることを続けていくしかありません。

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2019年6月15日 (土)

あとは癌と仲良く暮らそう

ワイズの花壇を植え替えました。

日日草です。

あとは花が咲くのを楽しみに待ちましょう。

子育ても同じですね。

最低限の衣食住を与える。それとなく気に掛ける。あとはどんな子に育つかを楽しみに待つだけです。

さて、今日は里見清一氏の「医学の勝利が国家を滅ぼす」です。

久しぶりによい本に出会いましたね。

これまでに紹介した本ももちろんよいのですが、私の持っている知識や独自の教育論と同意見のものなので、私自身としては目新しい情報ではなく、私の持論の正当性の裏付け程度の本だったのです。

しかし、今回は私の知らない論、しかも画期的で実践的で魅力的なお話だったので、うれしかったのです。

今の日本の医学界が抱える問題や裏の汚い部分、そしてそれに対する明快な解が書いてありました。

まず問題点とは、膨大に膨れ上がった医療費です。

もういつ日本が破綻してもおかしくないくらい国家財政が逼迫しています。

借金100兆円ですよ。

額がでかすぎて現実身がないですが、これをあなたとあなたの子供とあなたの孫がいつか返済しないといけないんですよ。

そんなお先真っ暗闇の未来を明るくする答えがあったのです!

「75歳以上の延命治療の禁止」です。

例えば癌の治療費や投薬にはもはや年間一人当たり3500万円かかるのです。

しかも、100%治るわけでもない。

そして、治ったところで、その人の余命と社会的生産性を考えると、そこまでして日本国の将来の人たちに莫大な借金を背負わせるだけの意味があるのかと。

もちろん、元気ならそれでいい。

てか、それが一番理想だし、だからこそ、みんな自分の健康にもっと気をつけるであろう。

いや、もっと別の見方をすれば、病になり、死ぬということは生き物として至極まっとうな人生であり権利であるわけで、それをむやみに引き延ばすことはかえって人間の尊厳を損ねることになるのではないか。

せっかく迎えが来たのだから、しっかりそのチャンスを生かす(?)べきではないか。

下手に乗り遅れて、脳死状態で生かされても、本人も気の毒だし、家族の経済的負担もきついし。

ま、自分の身は自分で守る。

健康でいたいなら普段の生活をあらためる覚悟と実践が必要です。

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2019年6月13日 (木)

勉強なんて、好きならできるようになる

今年も蛍を見てきました。

ほのかな緑の光が静寂の中、山にゆっくりと登っていく様は、この世の最後に見たい風景のトップかもしれません。

さて、今日は養老孟司氏と宮崎駿氏の対談「虫眼とアニ眼」です。

子供の教育に関するところを抜粋しますね。

「となりのトトロで妹がトトロを発見してジーッと見つめているシーン。僕はあの女の子の絵を大きく伸ばして東大の教授室に貼っていたんですよ。あの目つきが実によくて。最近はああいう目をした学生がいなくなったんです。」

私も同感です。

好奇心の強い子は大成しますね。まぁ興味の対象が反社会的なものでなければですが。勉強に関わるものならなおよいですけどね。

「学校の校庭をデコボコにしろ、運動会は丘から丘に紐を張って、それにぶら下がって渡ればいい。平らな地面で、前へならえして、行進してちゃだめだ」

私も同意見です。

自然の中で思いっきりやらせたいですね。私は木曽三川横断競泳をやらせるかな。

「小学校の校長と話したときに、差別はなくならない、と確信を持って言ってた。人間に関心が向きすぎていて、イジメが深刻化してしまう。」

同感です。

差別は確かになくならないけど、昔は自然に逃げ場があった。味方してくれる近所のおじちゃんやおばちゃんがいた。

「幼稚園や小学校のデザインをやらせてもらえないかな、と思っているんです。電車で通う学校なんてダメ。どんな家庭よりもその学校にいるほうがずっと楽しいという場所を作りたい。知的な好奇心さえ失わなければ、勉強なんてもっと後でやっても間に合うんです。今の子供は物心ついた時からずっと間に合わなくなる、と脅かされ続けている。そうやって育てられた子供が援助交際をしているのです。小学校4、5年生で、もうお前はだめだと選別されて、そのあと何年も学校に通わなきゃいけないなんて拷問ですよ。」

そうだね。

頭のよしあしなんて、生まれつきでほぼ決まっているんだから、無理に嫌いなことさせるより、本人の好きなこと(もちろん反社会的なことはだめ)をやらせといた方が健全だし、自己肯定感も育つ。仕事なんて選ばなければ、いくらでもあるし。介護とか介護とか・・・。

「子供が子供でいられない、そんな変な時代はそろそろやめにしよう。虫採って、アニメ見て、将来の夢を見ていれば、それでいいのである。生きる力なんて子供ははじめから持っている。それをわざわざ、ああでもないこうでもないと丁寧に殺しているのが大人なのである。」

「今の子供たちに何が一番必要かと考えたら、引き戸をガラガラ開けるとか、縁側で落っこちてまたよじ登るとか、怖い暗がりがあるとか、そういう人間の根本にあることを体験させることではないか。お寺の境内とか、大きな風呂屋の不思議さみたいなものが少しでも感じられたらなおよしです。私の思い描く保育園で、特別な才能を花開かせようという気はまったくありません。火が扱えるとか、この枝にぶら下がれば折れるということがわかる子になればいい。勉強ができるかどうかなんて、勉強が好きならできるようになる。そんなことは大したことじゃありません。自分なりの見方でもって目の前のことに対処できる、普通の人に育つための助けになればいいと思っています。」

まったく同感です。

ワイズもそういう基本理念で子供を育てています。

 

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