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2019年1月

2019年1月26日 (土)

体操体系に開け~!

先日、可児市にある美濃金山城に行ってきました。
昨今、城ブームなのか、山城カードや文化遺産カードなど、いろんなカードが発行され、つい集めたくなっちゃいますが、また全国に取りにいかなくちゃいけなくなるので(しかも自転車で)、とりあえず今後行った所だけ記念に入手しようと考えています。
さて、今日も「超バカの壁」と行きましょうか。
今回は心の傷についてです。
最近は心の弱い人が増えたのか、精神科や心理学療法や精神安定剤やセラピーの本がやたら目につきます。
以下抜粋。
「トラウマなんて誰にでもあることです。それで生きていけないわけじゃないし、人に相談したところで完治するわけじゃない。結局、自分の中で解決するしかない。最近は余計なことまで気にしている人が多い。甘ったれるんじゃない、と思います。」
いいですね、この言い切り。
何度言っても聞かない生徒を叩いたら、親が「トラウマになったらどうするんですか」なんて文句を言いに来るなんて、昔じゃ考えられませんでした。
私なんか先生に叩かれたら、親が「ありがとうございました。今後ともお願いします」って頭下げてたんですけどね。
「都会は人が多い。人との距離が縮まるとイライラが増えます。都会には人が作ったものしかないから、何か不愉快なことが起こったらすぐ他人のせいにする。」
まったくそう。
だから私も田舎が好きなんです。
都会人はみんな文句を言いたがっている。
文句は一切受け付けない世の中にすればいい。
あるなら堂々と顔を出して公開発表すればいい。
最後に。
「邪魔だからと言ってカラスを殺せと言ってる人は、昔はこんなにカラスがいなかったと思っているのでしょう。カラスが増えていることは自然じゃないと考えているのでしょう。それをいうなら昔はこんなに人間が一か所に大量に住んでいなかった。無理やり都会を作ったからカラスが増えたのです。」
まったくそう。
カラスを減らしたいなら、あなたが都会から出ていけばいい。

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2019年1月21日 (月)

え?もう太平洋戦争忘れたの?

センターが無事終わりました。
あとは2次に向けて頑張るだけですね。
さて今日も養老孟司氏の「超バカの壁」から。
商売についてです。
最近の商売で儲けている奴は品がない、というお話です。
まぁ、品格がないから儲けられると考えた方がいいですね。
以下抜粋
「日本が経済進出をする際に、人件費が安いからという理由で中国でものを作るという発想は、毛沢東がやっていた農村に対する搾取を大差はなく、本来やってはいけないことです。
人件費が安いからと働かせておいて、高くなったら逃げるのはよくない。
人件費が上がっていくのは当然というくらいは覚悟しておかなくてはいけない。
それでもたないのなら、早い話がそんな商売はすべきではないのです。
そんな商売には普遍性がありません。」
まったくその通りだと思います。
もう一ついきましょう。
外交についてです。
以下抜粋
「朝鮮の南北問題は、本来は旧ソ連とアメリカが責任を待たなければいけない。彼らは世界中に戦争を起こしたままであとは知らんぷりをしてばかりです。
日本国憲法第9条はそのままにしとけばいい。そうすれば軍隊を動かすのは後ろめたいから、いろいろと論争が起こるでしょう。それでいいと思います。
後ろめたさもなく軍隊を動かされてたまるかと。これは実は悪いことをしているんだよ、という気持ちを持ってもらいたい。正々堂々と人を殺していいと思われたら困る。
国家が人を殺す、戦争を起こすことが、日本の国以外では認められている。それは本当はまずいことなのだということだけは戦争の被害者だからよくわかっています。
何せこっちは頭の上に焼夷弾を落とされた世代です。あんな物騒なものを無責任に落とされた。そんなとんでもないことは後ろめたいと思ってもらわなくては困る。」
さすが経験者、説得力が違う。
安倍に投票した奴は徴兵してアメリカ軍のフロントラインで戦わせればいいと思います。

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2019年1月19日 (土)

いじめられる方が悪い

センターの日です。
この日のためにワイズ生はいっぱい勉強してきました。
あとは穏やかな気持ちで待つだけです。
先日は成人の日に卒業生たちが顔を出してくれましたね。
まずは自分の幸せを、そして社会の役に立つ人間になって下さい。
さて、今日も読書感想文と行きましょうか。
結構、ジャンルが説明文に偏っていると思われますが、ちゃんと小説や文学作品も読んでいます。
ただ、きついんですよね。心が。
直木賞や芥川賞などの受賞作品もだいたい目を通していますが、近年の作品は人間の心の闇を抉り出すような登場人物が多く、読み進めていく途中で不快な気持ちになってくるんですよ。
綿矢りさの「インストール」や「蹴りたい背中」、金原ひとみの「蛇にピアス」「アッシュベイビー」、桐野夏生の「グロテスク」「東京島」など、人間不信になりそうで最後まで読むのがしんどい。
「電車男」や「コンビニ人間」、「桐島、部活やめるってよ」くらいでもちょっとね。
まぁ、恐らく私の感性が現代の人たちとずれているのでしょう。
また、文学作品もきつい。
小林多喜二の「蟹工船」なんか、悲惨すぎて悲しくなってくる。
夏目漱石の「それから」は、何も進展がなさ過ぎてつらいし。
まぁ、というわけで、必然的に新書っぽいものが多くなってしまうんですね。
基本的に知識を得ることが好きなので。
さて、今回も新書「超バカの壁」から。
さすがに、80年以上生きてきた人の言葉は面白い。
「いじめ」についてです。
大抵の人はいじめの原因はいじめる方が悪いと思うでしょう。
でも私も養老さんもいじめられる方が悪いという立場です。
私は無自覚で申し訳ないですが、どちらかというといじめっ子の方でしたし。
陰湿なことはしませんよ。
バカな奴には「バカ」と、太ってる奴には「デブ」というものです。
それが私の率直な意見だから。
それで、不快になったとか、気分を害したとか言われても、困ります。
ただただ思ったことを伝えただけだから。
逆に私も思ったことを言ってくれて構いません。
それが的を得ていないものなら聞き流せばいいし、真実なら受け止めて改善したけりゃすればいいし。
デブって言われて嫌なら痩せればいいし、それができないなら「そう!俺はデブやで!」と言えばいいだけで。
養老さんの論をまとめるといじめの原因は
①いじめられる側が他人に対して不快感を与えていることに無自覚であること。
②いじめられる側に反論する強さがないこと。
③周りの人の心の許容範囲が狭くなってきていること。
を挙げています。
また、昔は人間社会で生きるのがしんどいなら、自然界に逃げることができたのに、最近はその自然が周りになくなってしまったことも指摘しています。
あと、これも個人的な意見ですが、子供たちの諍いを大人や先生に告げ口する奴は大嫌いですね。
大抵のことは子供たちだけで解決できるわけで、大人が介入すると余計ややこしくなるからです。

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2019年1月14日 (月)

車社会を作るな!と俺は言ったけどね

さて、今日も養老孟司氏の「超バカの壁」を行きましょうか。
「現在の親世代は叩き込む教育を受けてこなかった。
そもそも子供の個性に合った教育なんて言ってたら何も教えなれない。
例えばお茶を教えるときに、師匠がやっていることに逆らうという選択肢を与えてはいけない。
とにかく師匠のやる通りにさせるだけです。
もし、足が曲がらなくて正座ができないという生徒がいたら、お茶をあきらめてもらうしかない。」
私もそう思う。
礼儀にしても、作法にしても各家庭で叩き込んでもらいたい。
でも、それを厳格にやっている家庭はないだろう。
「今の子供たちは大事にされているのではなく、甘やかされているのだ。
電車の中で騒ぐ子供を放置するのか、叱るのか。
例えば、道路をいっぱい作って車社会を作ってしまった。
それでは子供が外で思いっきり遊べないだろうからやめろとは誰も言わなかった。
子供に大きな道路には近づくな、交通ルールを教えているから大事にしていると思っているのだろう。
外で危険な人に襲われないように家の中でゲームさせる。自分の娯楽の時間が取られるからとテレビやスマホを与える。」
それをさも当然と思っている親が多い。
私はまったく逆で公共の場で迷惑をかけている子供は思いっきり叱る。
それが子供を大事にしているということだ。
お前も車を使っているだろう、スマホを使っているだろう、そんな偉そうなこと言えるか、と思われるかもしれない。
そう私はスマホも車も使っていないのである。
車はあくまで子供の送迎のためであって、私用では自転車か徒歩である。
そう、私は子供の健全な教育のためには、便利な生活はいらないと思っています。
子供を育てるということは根気がいるのです。
そもそも子育てと便利な生活は相反するものです。
便利な生活とは「ああすればこうなる」というものです。
子供は「ああしてもこうなりません」。
それを根気強くやるほど立派な子ともに育ちます。
利便性を求めて子育てに手を抜くとロクな子供に育ちません。
というわけで、スマホやテレビを捨てて、その時間で子供といっぱい話をして下さい。

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2019年1月13日 (日)

自分の評価があればいい

そりゃもう受験が近いので忙しいですよ。
ささっと書きましょう。
養老孟司氏の「超バカの壁」です。
前回も書きましたね。
「自分に合った仕事なんてない。社会が必要な仕事があるだけだ。その目の前にある仕事をしろ」ということでしたね。
「自分に合う合わないは問題じゃない。目の前にある仕事を一生懸命やりなさい。そうすれば自分が成長する」
仕事とはそういうものでしたね。
話は変わって「世界に一つだけの花」という歌があります。
以前も書きましたが、私はこの言葉が大嫌いです。
そして、面白いことに養老さんも私と同意見でした。
以下抜粋。
「今の人にはこの逆を言ってあげないといけない。あなたはただの人だと。そして社会に必要な仕事をしろと。そして辛抱してそれを続けろと。合う合わないは自分で判断するな。他人がするものだ。」と。
「オンリーワンなんていちいち声に出さなくても、個性なんてものは出てきてしまう。この歌がはやるのはそれだけ世の中の人が自分に確信がないからでしょう。他人に認めてもらいたい。だから声高に歌うのです。本当に自分の価値があるとわかっていれば、別に人に認めてもらわなくてもいい。世界に一つだけと言うのは、こんな素敵な自分を皆さん是非見て下さい、と言ってるようなものだ。本当は自分に自信がないから、そんなことを言っているのだろう」
いいですね。同感です。
私もみんなに認めてもらいたいから水泳で日本一を目指しているんじゃない。みんなから承認されたいからサスケを目指しているんじゃない。
自分がそれを達成したいから目指しているだけで、何なら自己ベストタイムが出たら、メダルも賞状も表彰式も別に要りません。
テレビ撮影も、承認欲求ではなく、みんなが喜んでくれたらいいなぁと思ってるくらいです。
芸術家なんかもそうですね。
本当に自分が満足するような作品が作れたら、それが評価されなくても、まったく見向きもされず売れなくても、うれしいでしょう。
そういう意味では私の本業である塾経営も似てますね。
自分が「世界で一番素敵な塾を作っている」、そう思っているので非常に誇らしく楽しく授業をしています。
もちろん、それが自己満足に終わらず、世の中の人に支持されると最高ですね。
ちなみに仏教の教えに「無我」というものがあります。
これは自分のことを考えるひまがあるなら、世の中のことを考えろ、ということです。

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2019年1月 4日 (金)

美人は2400万円の得、不美人は1200万円の損

新年が明けました。
去年もいろいろなことがありましたが、今年もいろいろチャレンジしていきます。
3年前から恒例にしている「芸能人格付けチェック」を今年もやりました。
これで9連勝です。
四重奏とオーケストラと盆栽ですね。
ガクトも言ってたように結構簡単なので少し飽きてきましたが。
まぁ、自分がいつまでも一流であるかどうかのテストだと思って続けましょう。
さて、今日は鈴木大介氏の「最貧困女子」を行きましょうか。
心が折れそうになりますね。
こんなにも世の中薄汚い考えを持った人がいるのかと思うと人間不信になりそうです。
インドやミャンマーなど世界中の最貧国の現状を見てきた私からすると日本はまだましだと思いますが、それでも日本の最下層の人たちもここまで落ちたか、と思いました。
ざっくりな解決法としては、この貧困格差の連鎖を断ち切りたいが、これがなかなか難しい。
現在親となってしまっている人たちを再教育しようとしても聞く耳を持たないので、子供のうちに将来貧困に陥らないように指導したいが、これも難しい。
そもそも家庭で親から暴力を振るわれたり、ご飯を食べさせてもらえなかったりしてて、穏やかな気持ちで登校して先生の話が聞けるわけないし、かといって日本には親権という考えが根強いので、児童相談所など第3者が家庭内に介入するのも難しいからだ。
百歩譲ってその貧困層の子供が学校へ来たとして、まずしたいのはセーフティネットの話だ。
日本では困った時は様々な法的保護があり、その法的手続きをきちんと教えるのだ。
また、できれば一番手っ取り早いのが、勉強をすることだ。
勉強して、難関な国家資格などを取れば、安定した職に就きやすい。
ただ、これも才能と家庭環境が大きく関与するので、この方法で貧困の輪廻から抜け出す子は本当にごくわずかだろう。
あとは地縁血縁を大切にすることだ。
昔のように大家族で暮らし、大勢の家族や親族で助け合うことだ。
また、地域の交流を増やし、持ちつ持たれつみんなで協力して生きていくのだ。
ちなみにこの著者の解決法は絵空事のようで賛同しかねた。
現在の児童保護施設は貧困の子供たちと親和性が低いから、そんな子供たちが入りやすいように、門限をなくしたり、ゲームやスマホの所持をOKにすればいいと書いてあった。
そんなことしたら、施設自体が無法地帯と化して、ドラッグが横行したり、ヤクザが出入りして、警察沙汰になったりするだろう。
また、貧困女子と風俗は非常に親和性が高いと書いてあったが、その劣悪環境から抜け出せる子は「容姿がいい子」なのだそうだ。
風俗の子が指名されて超金持ちになるための条件は「美人・胸が大きい・スタイルがいい」らしい。
でもまぁ、これも一握りの子だけなのだろう。
逆にいうと、貧困の家庭で、頭も悪く、かわいくなくて、デブという条件が揃うとどうにも生きていくことが困難になるということだ。
でもこれは生まれ持ったもので、本人の努力ではどうにもならないことだから、悲しいよね。
やはり貧困から抜け出す一番の方法は「勉強」。
だから子供たちよ、一生懸命勉強しろ。

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