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2016年11月

2016年11月20日 (日)

そんなの当然だろ!

今日もワイズ生たちは期末テストに向けて、真面目にそして楽しく、有意義なテスト対策勉強をしています。

自分たちで時間を決めて、真剣に勉強をして、教科書で調べて、わからないことは先生に聞いて、放課には好きなお菓子をちょこっと食べたり、しゃべったり囲碁をしたり、野球やサスケをして体を動かしてリフレッシュして、夕ご飯を食べに戻って、またワイズに来て勉強しています。

さて、1年生のK君ですが、なかなかの強者で、300回くらい教えても約分を忘れます。

私はいつもこう言います。

「法律には、『息をしてもよい』とか『血を全身に送ってもよい』って法律はないんだよ。当たり前過ぎる権利はいちいち記載する必要はないからなんだ。それと同じで数学の問題にもいちいち『約分せよ』とは書いてないんだ。それくらい当たり前のことなんだよ。」と。

さて、先日読んだ「103歳でわかったこと」にも記載されていましたが、人間はほっとくと驕り高ぶるそうです。

それは、この世に存在するありとあらゆる法律や法典、哲学書や宗教の教えを読んでもわかりますよね。

「人のものを盗んではいけない」とか「人を殺してはいけない」とか書いてあるということは、悲しいかな、人間はほっとくと人のものを盗んだり、殺したりするのでしょう。

つまり、世の中に存在する法律やルールは人間の悪の仕業が作り出したものと言い換えられます。

そしてそのルールの数だけ、悪いことをやってきたのでしょう。

以前読んだ、藤原和博さんの「公立学校の逆襲」にも書いてありましたが、『学校には変な規則があるが、それはこれまでの生徒がそんな変な悪さをしたせいでできあがったものだ』ということを理解したそうです。

裏を返せば、法律とは、人間が他の動物より抜きんでた存在であるためにあると考えられます。

もちろん守ればの話ですが。

理想は「法律に記載されていることなんて当たり前だろ」と思えるほど人類がみんな道徳心や倫理観を持っていることですが。

というわけでワイズでは「そんなこと当然だろ」というくらい高い倫理観を持つように教え、ワイズ内のルールは1つもないくらいにしたいと思っています。

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2016年11月19日 (土)

本当に頭のいい子の発想

子どもに「なんで学校行かなあかんの?」と言われたら、何と答えますか?

先日、「プロフェッショナル~仕事の流儀」で、とある発明家が出ていました。

「一度はめたら2度と取れないネジ」を発明して、2000年以上続くネジの歴史に革命を起こし、現在多くの作業現場で彼のネジが普及しつつある、ある意味、歴史に名を残す人物であります。

彼曰く、「『ネジはどうしても緩むもの』、そういう常識と呼ばれるものに挑戦したい。」とのこと。

もともと頭がいいのでしょう。

2歳の時、祖母が入れ歯を外すのを見て、「すごい!目玉も出してみて!」と言ったそうです。

これは発想の転換がないとできません。

さて、そんな彼が小学校に入り、しばらくすると当然のことながら授業が簡単すぎてたまりません。

先生に「なぜ、もっと面白い授業をしないのか」と問うたそうです。

やがて、学校のカリキュラムにも疑問を感じた彼は、「レールに乗っていればいい」というような安直な学校生活に納得できなくなり、受験もせず、一人、「人生とは何か?」を模索するようになります。

そして、同学年がいい大学を出て、いい会社に入る頃、ある結論に達します。

「人のためになるようなことがしたい!私はそのために生まれて来たんだ!」と。

そこで、彼は「人のためになるには、人々の生活が便利になるような発明をすればいい」、と考えました。

そして、「そのために自分が身につけるべきことは何か?それを効率よく身につけるためにはどのようなカリキュラムを組めばいいのか?」計画を立てました。

すると、驚くべきことがわかったのです!

それは現在の学校のシステムと全く同じだったのです!

なるべく頭の働く午前中に授業を組み、1つの教科を1時間刻みで行い、間に5分の休憩を入れ、日曜日は休みにする。

彼の結論がすべてを物語っています。

「結局、学校の教育システムというのは、すべての子供たちに将来やりたいことの基礎的な学習を効率よく身につけさせる一番理にかなった方法なんです。」と。

小学校1年生で、教育システムに疑問を持ち、自ら考え、その結論に達する。

とてもすばらしいことだと思います。

願わくば、そんな1年生だった彼に、この結論をきちんと教え諭してあげられる大人が回りにいたら、こんな回り道をしなくて済んだかも、と思いますが、まぁ仕方ないですね。

というわけで、前置きが長くなりましたが、これが勉強に疑問を持つ子に対する模範解答です。

でも、彼のように純粋に(あるいは簡単すぎて)疑問を持つのではなく、勉強が嫌いで(あるいはできなくて)疑問を投げかける子の方が多いのかな。

ちなみに私の解答は「やればわかる!」です。

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2016年11月16日 (水)

103歳になってわかったこと

先日、社会人野球の試合に出場しました。

残念ながら抑えのピッチャーがいなくて最終回に逆転されてしまいました。

というわけでピッチャーの練習を始めたロミオです。

来週、今シーズン最終戦があるので、いつでも行ける準備をして、チャンスがあればマウンドに立ちたいと思っています。

さて、先日、篠田桃紅さんの「103歳になってわかったこと」という本を読みました。

さすが人生の大ベテラン、ためになる話がいっぱい載っていましたが、今日はその中の1つをお話しましょう。

「歳を取るとできないこともあるので、やりたいことはやれるうちにやりなさい」

さて、これを聞いてあなたは何をしますか?

ここで私は2つのことを思い浮かべました。

「宇宙旅行と金メダル」です。

別の言い方をすると、「羨望と称賛」です。

端的にいうと「お金と努力」です。

わかりやすく説明しましょう。

宇宙旅行は努力しなくても、お金(約数千億円)があれば行けます。

金メダルはお金がなくても、努力(相当な)をすればもらえます。

言い方を変えれば、金メダルはどんなにお金を積んでも手に入りません。

で、話を戻すと、あなたのしたいことはこのどちらに所属するか?ということです。

ちなみに私のしたいことは「マスターズ水泳で日本一」「自転車で日本一周」「富士登山」「オーロラを見る」「サーフィン」「バク転」などです。

オーロラ以外はほとんど「金メダル」です。

つまり私は努力をしないと手に入らないものが好きなんだ、とわかりました。

篠田さんは言います。

「たくさんの友人を見てきたけど、お金持ちが必ずしも幸せとは限らなかった」と。

つまり、お金で達成できることには一瞬の幸福しかなく、努力して得られた幸せはずっと心に残るのでしょう。

子どもたちにはお金で得られるものだけではなく、努力して得られるものを追い続けてもらいたいと思います。

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2016年11月15日 (火)

その虫がお前に何をした!!

さて、期末テスト前に書き溜めておきましょうか。

先日、NHKで宮崎駿の番組がやっていました。

「長編映画は引退」と言ってしばらく悠々自適な生活を送っていましたが、根はアニメーターです。ちょこちょこ絵コンテを書いているうちに短編映画を作りたいと言い出しました。

そして、毛嫌いしていた「CG」そして「AI」にも興味を示したのです。

で、その打ち合わせに川上量生がやってきました。

川上と言えば年収何億、世界的にも有名なIT企業ドワンゴの会長で、「ネット経済の申し子、世界経済の将来は彼が描いている」とまで言われる人物で、ネットやアニメなどが好きな現代の若者たちには神のような存在です。

そこで彼が宮崎監督に意気揚々と見せたのが、ゾンビが這いずり回る動画でした。

彼曰く、「AIを駆使して、頭が取れた生き物がどのように動くのかを表現した」そうです。

しかし、宮崎監督は不愉快そうにこう言いました。

「これは生命に対する冒瀆だ」と。

私もこの動画が画面に映し出された瞬間に、同じ思いを感じたので、「そうだ!いいぞ監督!」と思いました。

以下監督の見解。

「私の知り合いに身体障害者がいて、毎朝、彼とハイタッチをして挨拶をするが、筋肉がこわばってそれをするだけでもたいへんなんですよ。それを思い出して、これを面白いと見ることができない。これを作る人たちは痛みとか考えないで作っているでしょう。極めて不愉快です。私はこれを自分の作品にしたくはない。」

私もまったく同感です。

最近のゲームやアニメ(私自身が鑑賞したり、やっているのではなく、なにかの拍子に子供たちから入ってくる断片的な情報です)では、人を平気で大量に殺したりする場面が多く、ものすごく不愉快です。

また、普段の生活でも、子どもたちが小さな虫をみて、「気持ち悪い!」と言って、平気で叩いて殺したりしているのを見てもものすごく心が痛みます。(さらにティッシュで自分の手を拭くのを見ても不愉快です。)

生命を慈しむ心がまったく育っていません。

これはとても悲しいことです。

これは特にネットやゲームなどをやっている人間に多く感じます。

恐らく、川上会長も悪気はなかったにせよ、そういう虫の気持ちも感じることができないようなネット人たちが集まる会社の中にいて、生命に対する感覚がマヒしちゃったのでしょう。

というわけで、私はこれからも「命を大事にする」ことを子供たちに教えていきたいと思っています。

ネットの世界じゃなく、実際の世界で思いっきり生きましょうね!

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まず大人が使おう!

先日、いつも利用している岩倉図書館が長期休館になったので、その間、代わりに古本屋巡りをしています。

そして私のお小遣いの範囲で1冊108円の本を大量に買ってきて手当たりしだい読んでいます。ワイズ図書に並べましたので、興味のある方はいつでも読みに来てくださいね。

さて、先日、ワイズで恒例の「漢字検定」を実施して思ったのですが、全体的に漢字の能力が下がっています。(ワイズ生に限らず、大人も子供も含めて現代の人全員が)。

もちろん、しっかり勉強した子は合格していますが、それにしても「音訓読みの区別」や「四文字熟語」などは苦戦を強いられています。

しかし、なぜ漢字や文章読解力がこんなにも弱くなったんでしょう?

子どもたちは胸を張って言います。

「先生~!今回漢字アプリで勉強したから大丈夫だよ!」と。

そう、こんなにもネットが普及し、老若男女問わずスマホを持っていて、いつでも情報を検索したり、すぐに漢字を調べたりできる環境が整っているにも関わらずです。

不思議ですね。

逆に私の家族は誰一人スマホも持たず、ネット回線もなく、家に大量の本があるだけですが、ものすごく頭がいいです。

「漢字検定なんて勉強しなくても普通に合格できるでしょ。常用漢字なんだし」みたいな感覚です。

もうおわかりですね。

で、以前の私は「スマホやめろ、本を読め」と言ってきましたが、今回それにもう1つ加えようと考えました。

「周りの大人が難しい言葉を使う」です。

結局、子どもはまず何から情報を得るかというと身近な大人です。

その大人のボキャブラリーや知識レベルが低いと、当然子どもはそれを超えることはありません。

つまり、周りの大人が子供の知らない難しい言葉(もちろんその意味を知っていてなおかつ正しい用例を示す)をどんどん発するのです。

あとは、その子しだいですね。

興味があれば意味を聞いてきますし、なければ残念ながらそれまでですが。

いずれにせよ、大人が使っている言葉にかっこよさを感じれば、その子はどんどん言葉を覚えていくでしょう。

というわけで、私はこれからも子どもたちの前で難しい言葉や時事に関する用語をどんどん語っていきたいと思います。

子どもたちのために、ぜひご家庭でも実践して下さい。

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