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2015年9月

2015年9月16日 (水)

戦争したいの?

なんなんだろう?

この体の底からこみ上げてくる激烈な衝動は?

多くの家族連れが自然豊かな公園で秋晴れの休日を楽しんでいるのどかな昼下がりに、

私は青空の下で寝転んでいる妻の横で国会の審議が気になっていた。

多くの塾や教育サービスを行なっている人たちはわかってる。

わかっているから黙っている。

イメージが大事な大手の塾は「政治的な発言は顧客が嫌うからしない」と。

でも、私は嘘も偽りも粉飾も体裁も大嫌いだ。

だから私ははっきりとしっかりと自分の意見をここに言う。

「私はこの手に武器を持つよりも、この手でたくさんの人と握手がしたい」

この美しい自然と、愛する妻を含む全ての人と仲良くしたい。

近くで母親と遊んでいる小さな子どもを目で追いながら、そう思った。

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2015年9月11日 (金)

緊張しちゃうんです

久々の晴れで、家内と本を持って広い芝生の木陰で秋の風を体いっぱいに浴びてきました。

また、初秋刀魚(98円)を1尾買ってきて2人で美味しく焼いて食べました。

皆さん、人生を楽しんでいますか?

さて、今日は「緊張」についてです。

先日、高校生のM君から「緊張しない方法はありますか?」という質問が出ました。

学校の行事でフォークギター部の彼はみんなの前で演奏するらしいのです。

さて、自分の40年以上の人生の中で緊張したことってあったかな?

と振り返ってみて緊張するメカニズムについていろいろと考えてみました。

まず条件が2つあります。

①少しでもよい結果を求めようとすること。

②自信がないこと。

です。

①に関して言えば、結果がどうでもいいと思っているときは緊張しません。

例えば、普通「息をする」とか、「食べる」とか、で緊張することはありませんが、「3秒で吸って5秒で吐くことをくりかえしなさい」とか、「誰よりもかっこよく食べなさい」とか、制限や条件をつけるととたんに意識しますよね。

ましてや、そこに「これができたらすごい褒美がもらえる」とか「できなければ殺される」などの付加価値がつくとその緊張の度合いが増します。

つまり緊張するということは少なくとも真剣に取り組んでいるということがわかります。

②については私も経験があります。

毎年、水泳の全国大会に出場していますが、緊張したことはないです。

初出場のときもそうでした。

それは、それまでものすごく苦しい練習をしたからです。

緊張なんかしていたらパフォーマンスに影響し、せっかくの練習が無駄になってしまうと考えるからです。

これには面白いエピソードがあります。

高校生の時、大会があると緊張どころかうれしくてたまらなかったことを覚えています。

その理由は、普段の練習が死ぬほどきついので、大会日だけその練習から解放されるからで、結構調子に乗って、コースアナウンスのときにふざけてはやりのタレントのモノマネをするくらい緊張感ゼロでした。(今では緩和しすぎもよくないと気づきましたが)。

野球の清原選手もPL学園時代に似たようなことを言ってましたね。

「試合の日は鬼のように苦しい練習をせんでええからめっちゃ楽しかったわ。

主審に「早くボックスに入りなさい」と注意されても気にせず、のびのびやっとった」と。

つまり、緊張しない秘訣は

「普段、死ぬほど練習すること」ですね。

よかったら参考にして下さい。

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2015年9月 3日 (木)

原因はスマホと親の甘やかし

長かった~!夏休み!

夏休みが終わって悲しむのが子ども、喜ぶのが大人だとすると、私は完全に大人ですね。

「全県模試」も、学校の「課題テスト」の結果もとてもよかったです。

いや~、夏期講習でいっぱい勉強したからね。報われました。

さて、今日は「寝屋川殺人事件」についてです。

あの夏休み中に、中学生の男女2人が殺された事件です。

もちろん、一番悪いのは殺人者ですが、では2番目に悪いのは何でしょうか?

ずばり答えは「スマホ(ライン)」と「威厳のない親」です。

以前のブログでも何度も書きましたが、私はスマホは殺人凶器(人殺しの道具)だと思っています。

なんでそんな危険な物を国や政府や親は野放しで、まだ事の分別も足りない子どもたちに持たせるのか理解ができません。

便利だからって、使い方の知らない子どもに原子力発電所を与えますか?

無免許で車の運転をさせますか?

では、順番に理由を述べましょう。

まず「親の威厳」。

最近、子どもたちの言葉遣いがすごく気になります。

先日も、生徒が私のほうを見て「ね~ね~」と言うので、

「先生の名前は『ね~』じゃない!」と伝えました。

聞くと、家でも親に敬語を使わないとのこと。

私の家ならぶっ飛ばされますよ。

この原因は親にあります。

親が(特に男親が娘に対して)嫌われたくないのか、自分の子育てに自信がないのか、「子どもの自主性尊重」みたいなことを理由に友達のような親子関係を築いてるのです。

それで何が起きるかというと、子どもの不安(自己肯定感の劣化)です。

本来の縦の親子関係ならば、威厳のある親がいて常に子どもを見守っている。そして子どもが間違ったことをするとちゃんと叱られる。また、逆によいことをして褒められると、いつもは怖い、でもしっかりとした社会性を持った大人から、「認められた!」という大きな自己肯定感を持つことができて、安心して生きていくことができるのです。

しかし、これが横の親子関係だと、束縛やわずらわしさはない反面、子どもは自分の精神的成長を感じることができず、時が経つにつれ不安が拡大していきます。

そして、その不安をネットの世界や深夜徘徊をすることで紛らわそうとするのです。

次に「スマホ」。

この普及で、「門限」がなしくずし状態に陥っています。

「いつでも子どもと連絡が取れる」ということで、子どもの行動を自由にし過ぎているのです。

そして、子どもがどんな人とどんなつながりを持っているのか、いつ、どこで、何をしているのか親が把握してないことも問題です。

他人事じゃないですよ。

今回の事件のようなことはいつでも起きる可能性があります。

だから今回も警告の鐘をガンガン鳴らしますよ。

①子どもに嫌われようが、煙たがられようが、しっかりとした威厳のある親でいて下さい。

②スマホは持たせないで下さい。与えるなら徹底的な管理をして下さい。

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