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2008年12月

2008年12月17日 (水)

今年も素敵な1年でした

今年もあと半月で終わりです。

そこで今回は自分の2008年を振り返ってみたいと思います。

まず、水泳関連。今年も新メンバーが増え、(チームロミオは現在12名になりました)

みんなで、東京の全国大会に出場しました。みんなと宿泊し、東京観光もし、修学旅行

みたいで楽しかったです。あと、自己ベストを更新(全国3位)したことと、レーザー

レーサー(北島たちがオリンピックで着て世界新を連発した噂の水着)を購入したことも

あげられます。

次に自転車関連。今年のゴールデンウィークにロードレースタイプのマシンを買い、

第1弾は4日間で東京まで、第2弾は1週間で仙台まで行きました。途中で転倒して、

困っていたときに人に助けられたり、たくさんの人と触れ合うことができました。

また、そのマシンでデュアスロン(自転車とマラソンのみのトライアスロン)にも参加

しました。結果は思わしくありませんでしたが、次につながるよい一歩となりました。

旅行といえば、久しぶりに海外へ脱出しようと、ミャンマーからネパールまで7ヶ国を周る

大アジア旅行を計画しましたが、出だしの上海・南京でつまずき、結局未遂に終わって

しまったこともありました。

それから、初体験といえば、ロッククライミングもやりました。想像してたよりも過酷で

それぞれのスポーツにはそれぞれの筋肉のつき方があることを知りました。

あと、数学検定で2級を合格しましたね。なんか普段テストを受ける子どもたちの気持ち

があらためてわかった気がしました。(いつもやらせる立場だから)。時間制限の

プレッシャーを感じつつも、絶対解いてやるというワクワク感もあり、楽しかったです。

他にもいろんなことがありました。でも、こういうことができるのは、普段の仕事をきちんと

こなすこと(安定した経済収入)や健康の維持、そして回りの人の理解(つっちー先生や澤

村先生らの協力)があって初めてできるということも知っておかねばいけません。

夢をぶちこわすようですが、例えば「りらっくまのようなのほほんとした暮らしがしたい」と

思ったとしましょう。

でも、その生活を手に入れるにはかなりの努力が必要です。

まず、遊んで暮らすのですから、年収300万は必要です。

子ども(こりらっくま?と黄色い鳥?)がいれば育児代として年100万×人数分が

上乗せで、さらに老齢の親の介護が必要ならさらに100万プラス、

しかもそれをほとんど労働時間なしで得るわけですから、これは超エリート高級官僚並み

の職種に就く必要があります。

それには東大・京大をトップクラスで入学するくらいの頭脳が必要で、

そのためには、学校のテストでは軽く満点を取るくらいの努力と才能が必要で・・・て

もういいですね。

つまり、楽な暮らし(思い通りの暮らし)がしたければ、それに見合った相当な努力と

結果を出さないといけないのです。

今おかれている生活を今一度よ~く考えてみて下さい。

そうすれば、ものすご~く恵まれた環境にいることが理解できるでしょう。

今生きている幸せ、友達や家族がいる幸せ、帰って泊まることができる家がある幸せ、

食べ物や着る物に困らない幸せ、そして勉強ができる幸せ。

今一度自分がおかれている環境がとても恵まれていることに感謝して、新年の目標を

考えてみてはどうでしょうか。きっと素敵な1年になると思いますよ。

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2008年12月 1日 (月)

犯罪についての一考察

今日は犯罪について考えてみたいと思います。

そもそも、性善説が正しいなら、この世に法律も、警察も、裁判官も、検察庁も、刑務所も

要らないのです。ボディガードも金庫も鍵もセキュリティ会社も要らないはずです。

でも、実際にそれらのものが存在するということは、悲しいかな人間は性悪なのでしょう。

私は悪いことを考える人の行動や心理がさっぱりわかりませんが、この世に生きている

以上、また子どもたちに社会というものを教える立場上、避けてはいけないと思い、

考えることにしました。

まず、人間には欲求があります。強欲な人もいれば、無欲な人もいますが、少なくとも

睡眠欲や食欲などは、生きていくうえでなくてはならないものです。

それが完全に個々が独立して生産をし、消費を行えば問題はないのですが、

人は叡智を持った生き物なので、みんなで協力し合えばよりよい生活ができると思った

のでしょう。始めは共存共栄で仲良くやっていたのに、そこへ強欲な者が現れ、

武力でもって富と権力を手に入れ始めました。それでは不平等だということで、革命が

起こり、憲法が作られ、人類は自由と平等を手に入れたのです。

つまり、現代というのは、みんなで決めたルール(法律)により、個々で生きるよりも

みんなが幸せに、そして、なるべく貧富の差がないように保たれているのです。

ですから、貧欲なのは罪ではないが、このルールを破ってまで自己欲求を満たそうと

するものは、罰が与えられるのです。それは世界の秩序を乱す者ということであり、

公共の福祉に反することなので、この世界から除外される者ということになるのです。

さて、自分を振り返った場合、幼いころ、こんな小難しい話を親から聞いたわけでは

ありません。はて、どうやってこの暗黙のルールみたいな事を身につけたのだろうと

考えてみたら、恐らく学校や仲間内や家族や地域とのつながりの中で知らず知らずの

うちに身についたのだろうと思います。

例えば、砂場で園児が遊んでいて、自分も使いたいからとその子の持ってるスコップを

奪えば、当然そこに利害が生じるわけで、それを保母さんが上手に説明し、スコップは

1つしかないから仲良く交代で使ってね、と教えるような感じでしょう。

つまり、自己の欲求だけでは世の中は成立しない、みんなが力を合わせれば素敵な

生活になる、ということを少しずつ覚えていったのでしょう。

自分が今なぜ、自分の欲求のままに悪いことをしないのか、その抑止力は何なのか

と考えると、自分が得することによって、世の中の誰かが損をすると理解しているから

なのでしょう。

しかし、最近そんな人間社会学にとって大切な善悪の判断が鈍ってきている気がする

のです。物があふれて他人とそんな衝突をすることもなく生きてくれば、そんなルールを

学ぶ機会も少ないからでしょうか。

先日、私の知人が信号無視をした若者に向かって注意をしたら、「オメーにはカンケー

ねーだろ!」と返事がきたそうです。あなたならこんな時どう対処しますか?

知人は当たり前の顔をしてこう言いました。

「関係はおおありだ。みんなが先を急いでるのを我慢して赤で止まっているのに、

自分だけ進んでいいというのなら、みんなが信号無視したら、世の中はどうなる?」と。

ルールはみんなが守らなければ意味がありません。

どんな些細なことでも同じです。カンニングでも、自分さえよけりゃ、とズルして点数を

稼げば、勉強を頑張った人の努力を踏みにじることになるのです。

勉強の前に、今一度、人間として、善悪の判断を子どもたちに教えたいと思いました。

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素敵な財産

今年もあと一ヶ月です。

みなさんはどんな1年だったでしょうか?

私は今年もまたいろんな新しいことにチャレンジしました。

自転車で仙台まで行ったこと。水泳の全国大会で東京まで行ったこと。ロッククライミング

をやってみたこと。そしてデュアスロンに参加したことなど。

さて、新しいことにチャレンジといえば、先日、○山くんの家の方から林檎を頂いたので

勉強しに来ていた生徒たちに包丁で皮むきをやらせてみました。

が、これが全然できなくてびっくり。みんな悪戦苦闘していました。

まあ、なんとか指を切らずに無事にできましたが、どこを食べていいかわからないほど

でした。

「学校の家庭科でやったやろ?」と聞くと

「やってないよ。同じグループの女子にやってもらった~」そうです。

義務教育というのは生きていくために最低限必要なことを教えるわけだが、今の

学校教育はいじめや些細な喧嘩には敏感だけれど、このように積極的に授業に参加

しない子どもたちは人畜無害なのでほっとかれるようです。

つまり、本人たちの参加意思ひとつで身につくものが大きく変わるのです。(何事もそう

ですが)。

そもそも、包丁の使い方みたいなことは、学校教育というより、素養、教養みたいな

もので、各家庭で学ぶべきものだと思います。

食事時のマナーだったり、人との接し方、自然との触れ合い方、公共の場でのエチケット

など、これらは親から子へ伝えられるすばらしい財産だと思います。

私自身も、親からすばらしい財産をいっぱいもらったなと感謝しています。

これから冬休みに入り、年末年始といろいろ行事もあります。

年始回りのあいさつやおせち料理作りなど、この機会に子どもたちにすばらしい財産を

受け継がせてあげたいですね。

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